東京大学血管外科

中小動脈に瘤や解離ができたときに医師も患者さんも知っておくこと

動脈に瘤や解離、狭窄、閉塞などの病変ができた場合、われわれはそれに対して治療を行います。その原因のほとんどは加齢による血管の老化(動脈硬化)と考えます。しかし中には若い人にも動脈の病変が起こります。その場合、遺伝性疾患などの特殊な病態が背後にあるのではないか、と考えます。大動脈の瘤や解離はマルファン症候群のような遺伝性疾患が原因になることが有名です。しかしそのような遺伝がない患者さんも多く、特に中小動脈にそのようなケースが多いので、当科で若年の中小動脈(大動脈以外)の患者さんたちのデータを解析してみました。

当科松原和英先生の論文から抜粋および改変 (Matsubara K, et al. Front Surg 2022)

1994年から2019年の過去25年に当科を受診した中小動脈病変を有する症例の特徴を検討しました。大動脈、腸骨動脈より末梢の中小動脈に瘤、解離、破裂を有するものを検索し、そのうち膵炎に伴う仮性瘤、感染瘤、外傷性瘤は除外しました。

わかったこと

  1. 40歳未満では40歳以上と比較して、当たり前ですが動脈硬化に関する危険因子(高血圧・高脂血症・肺病変・腎機能障害・肥満)の罹患率が有意に低かったことが示されました。
  2. 40歳未満ではなんと半分以上の症例(54.1%)で動脈硬化以外の背景疾患を持っていました(図1)。
  3. 40歳未満で複数の病変があると、さらに背後に何かあるのでは?と考えます。40歳未満で3個以上の複数病変を持つ症例の割合は25%と多く、平均病変数も2.83個/人と40歳以上の症例より有意に多いことが分かりました。(図2)
(図1)
(図2)

この図を見ると、オレンジのところがほぼ動脈硬化が原因、と考えていいと思います。40歳未満で複数病変がある場合は、ほぼ必ず何か背後に特殊な因子がかくれている、ということがわかります。

遺伝子疾患についての考察

遺伝子疾患症例は40歳未満に集中していました(75%)。結合織の異常であるマルファン症候群、ロイス・ディーツ症候群、エーラス・ダンロス症候群がよく知られていますが、特に血管型エーラス・ダンロス症候群は組織の脆弱性が高度であり、手術で血管吻合を行なったり、ステントを入れたりすると更なる血管トラブルの原因となり得ます。遺伝子疾患があるかどうかで治療方針が変わるため、その診断はとても大事です。

今までも、若年で発症した血管疾患で臨床的に遺伝子疾患を疑うものをわれわれは多く経験してきました。しかしその多くは原因遺伝子がわからなかったのです。今回の結果を踏まえて、今後は若年の複数にわたる中小血管病変の患者さんには、遺伝性疾患など血管の脆弱性をもたらす背景があるとして治療を行っていきたいと考えています。2015年から未診断疾患イニシアチブ(IRUD)という試みが始まりました。こうした取り組みによって今後より多くの潜在的遺伝子疾患特定出来る可能性があり、期待しています。

血管炎について

血管炎は疾患ごとに診断基準がありますが、症状が一部、或いは非典型的な場合に確定診断が難しい場合があります。しかし、炎症がコントロールされていないと動脈瘤の多発や吻合部瘤など局所再発が多いため、治療方針に苦慮することがあります。(当科HPの“診療”ページ:「バイパスや血管内治療をためらう疾患について」をご参照ください。)

予後について

最後に中小動脈病変の予後を示します。40歳未満(青線)と40歳以上(赤線)で生存率および心血管関連死亡フリー生存率に差はありませんでした(図3a、b)。40歳未満で予後不良な背景疾患が多い、とのことでご心配になられる患者さんも多いかと思いますがご安心ください。当科では40歳未満の中小血管疾患の患者さんには、なんらかの背景疾患の存在を疑いながら、適切な治療方法を悩みながら慎重に選択し、術後も丁寧なフォローをしてきました。そのために悪くない成績になっているのだと考えています。

(図3a)生存率
(図3b)心臓血管関連死亡がない生存率