東京大学血管外科

バイパスや血管内治療をためらう疾患について

血管炎(膠原病にともなうもの)

私たちは下肢を中心とした臓器の虚血に対して、患者さんと一緒に日々闘っています。足の指が壊死してもなんとか踵(かかと)だけでも残して歩けるようにしたいと思ってバイパスや血管内治療を駆使して治療を行います。しかし、私たちがどうしても抗えない患者さんの病態がいくつかあります。その最たるものは「血管炎(膠原病にともなうもの)」です。

下のグラフをご覧ください(図1)。2014年に宮原拓也先生が発表した当科の治療成績ですが、膠原病の救肢率は極端に低いのがお分かりになると思います1)。(3年時の救肢率が閉塞性動脈硬化症で90%なのに対し、膠原病では67%しかありません。また開存率も前者が80%なのに対し、後者が38%と有意に低いのです。)

実際私たちがせっかくバイパスを造っても、すぐに詰まったり血栓ができたりしてがっかりすることが昔から多々ありました。膠原病の患者さんの動脈には基本的に炎症がある(血管炎)から成績が悪いのだと私たちは考えていますが、それが下のグラフで示されたのです。

図1. 病因ごとの救肢率の違い

なにがおこっているのか?

それでは実際にどんなことが起こっているのでしょうか。出口先生(現 埼玉医科大学 血管外科教授)が発表した当科の手術成績についての論文があります2)。図2をごらんください。膠原病(全身性強皮症)患者にバイパス手術をしたものですが、1か月後の血管造影では二か所の吻合部(矢印)はきれいに開いていて全く狭くありません。その後足部の壊死がひどくなり、6カ月後に膝上での切断になりました。切断した足から取った吻合部を見ると、内膜が分厚く肥厚して内腔が狭くなっているのが見えます。また筋線維が増殖しているのも見えます。これだけ短期間にこのような変化が起こってしまうのであれば、私たちも患者さんも何時間もかけて痛い思いをして手術をする甲斐がないと思いませんか。

図2. 組織像

血管炎の治療は?

血管内で起こっていることは高度の炎症反応です。血管内治療は低侵襲のように見えますが、ステントやバルーンはまさに血管内の異物です。ステントという異物に反応して細胞増殖や血栓ができても全く不思議ではありませんし、バルーンによって刺激をうけた血管内膜が反応するのも容易に想像がつきます。実際、膠原病患者の細い動脈に対する血管内治療で良好な成績を示す報告は皆無です。

それではどうしたらよいでしょうか。例えば高安病や巨細胞性動脈炎という大動脈炎に対しては、ステロイドや免疫抑制剤、生物学的製剤という、炎症を抑える薬を使います。それによって手術を含めた成績や患者さんの予後もよくなることがわかっています。膠原病の背景疾患がある場合にはリウマチ・アレルギーの専門医に相談し、まずは内科的にそちらの病態を鎮静化していただくことを第一のステップとしています。メスだけではどうにもならない不甲斐なさはありますが、そもそも血管外科の領域は多くの科と重なっています。内科的・外科的両方から上手にアプローチして、患者さんが最終的に笑顔になれるよう努力したいと思います。

今回は闘わない外科医の話になってしまいました。しかし私たちはドン・キホーテではありません。壊死の進行度、感染や炎症の有無、患者さんの日常生活、家族のサポートなど多くの要素を十分に考慮することで手術の成功率を予想します。そのうえで、「闘わない」ことが賢い選択肢でもありうるということを私たちは経験で知っているのです。

文献

  1. 宮原拓也、ほか.重症虚血肢に対する治療成績の検討 J Jpn Coll Angiol 2014; 54: 4-11
  2. Deguchi J, et al. Surgical result of critical limb ischemia due to tibial arterial occlusion in patients with systemic scleroderma. J Vasc Surg 2009; 49: 918-923