研究
東京大学血管外科のモットーは「エビデンス(論拠)に基づいた治療」です。そのエビデンスは研究によってもたらされます。歴史的に当科は全国の血管外科の中でも屈指の多くの研究結果を発表し、認知されてきました。そこで得られたエビデンスをもとに、信念をもって実臨床の治療に応用しています。
研究連携(医工連携など)
当科の研究は現在他施設との連携(主に医工)によるものが多く、次々と成果をあげています。
ナノ粒子によるDrug Delivery Systemの研究
連携:東京大学大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 カブラル研究室
CABRAL Horacio准教授
2009年~2015年:同工学系研究科 片岡研究室
片岡一則教授 (現 公益財団法人川崎市産学振興財団 ナノ医療イノベーションセンター センター長/東京大学政策ビジョン研究センター 特任教授)
研究例1
ナノミセルを用いたドラッグデリバリーシステムでの大動脈瘤拡大抑制の研究
【概要】大動脈瘤の拡張を抑制する方策は、現時点ではありません。われわれは手術をせずに瘤の破裂を防ぐための研究をしてきました。ラットの大動脈瘤モデルは1990年台からあり、さまざまな薬剤を投与して“動物では”瘤の拡張を抑えることができたという報告が相次ぎました。しかし、人に対して薬物の効果があったという報告はありません。薬剤の投与量が人に安全に投与できる量では足りないのです。
そこで薬剤をナノ粒子に内包して、投与します。するとナノ粒子は比較的構造的に目の粗い大動脈瘤壁にとどまり、そこで薬剤を放出するのです。ラパマイシンという薬剤を内包したナノ粒子を使って、当科では瘤を抑制することに成功しました。これを人に応用するには、まだナノ粒子の人体への毒性がないことを確認するなど、いくつかのチェックポイントが残っています。しかし近い将来、手術しないで瘤を経過観察する、という選択肢が実現すると信じています。
血管疾患患者のモーションキャプチャーの研究
連携:東京大学機械情報工学科 力学制御システム研究室
中村仁彦教授
研究例2
末梢動脈疾患患者の運動負荷による歩行能力改善を、モーションキャプチャーで三次元動作解析する。
【概要】末梢動脈疾患の跛行患者は運動負荷によって跛行距離がのびるなどの、症状の改善がみられます。そのメカニズムは、側副路が増えるためではないかなどの推察がされてきましたが、いまだ明らかになっていませんでした。跛行患者の運動負荷前後で、その動きをモーションキャプチャーという方法で三次元解析すること、またCT検査で筋肉量を測定することで、負荷の効果をみました。その結果、腰部および大腿の筋力が増えること、かつ股関節の可動範囲のひろがりや最大筋緊張などの因子が減ることで、歩行の効率化が進むということがわかりました。これは今までわかっていなかったことなので、今後跛行の運動療法がより科学的に行われる一助となるのではないかと考えています。
大動脈瘤シミュレーション研究会
本研究会の紹介・参考動画 夢の扉(TBS)より
連携:東京大学生産技術研究所 大島研究室
大島まり教授
連携:芝浦工業大学 機械機能工学科 生体機能工学研究室
山本創太教授
研究例3
嚢状瘤とは何か
【概要】大動脈瘤を手術する適応として、瘤径が大きいことが最も重要ですが、瘤の形も考慮されます。嚢状(突出する形)であることは紡錘状の瘤よりも破裂の危険性が高いとされていて、嚢状であることを理由に小さい瘤でも手術されることがあります。しかし、その診断は正しいのでしょうか。人によって嚢状と診断されたものが本当は紡錘状に近いもので破裂の危険性もほとんどなく、しなくていい手術がされていることはないのでしょうか。血管内治療の時代になって、簡単に手術に踏み切れるようになり、小さい瘤が破裂の危険も少ないのに治療されていっているようにも思えます。手術というのは最後の手段なのです。外科医の都合で決まるものではないのです。
今まで嚢状の定義は科学的にされてきたことはありませんでした。当科では大動脈瘤のモデルを作成し、嚢状瘤の定義(の一つ)を提唱しました。そして実際の瘤のデータとつきあわせると、私たちの定義の嚢状瘤群は、拡張速度が明らかに早い、ということもわかりました。「突出部が横長の楕円に近似」が一つの定義となります。なんとなく昔から決まっているから、というあいまいな適応や基準に、しっかり向き合ってエビデンスを追求していく。これが大動脈瘤シミュレーション研究会の責務なのです。
架橋ゲルの生態応用の研究
連携:量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学研究部門 高崎量子応用研究所 先端機能材料研究部
田口光正上席研究員
ゲルによる止血の研究
連携:東京大学大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 酒井研究室
酒井崇匡准教授
ラット動静脈シャント作成と脈管リモデリングの研究
連携:Yale University, Department of Vascular Surgery
Professor Alan Dardik
研究例4
透析用動静脈瘻:長期開存に向けた基礎的研究
【概要】日本では維持血液透析療法を受ける慢性腎不全患者の数は年々増加傾向にあります。血液透析のためのブラッドアクセスの第一選択としては自己血管を動員した動静脈瘻作成が推奨されていますが、この第一選択である動静脈瘻においてもしばしば発達不良あるいは発達後の狭窄や閉塞をきたすことで不全に陥ります。そのため作成後1年における1次開存率はわずか60-65%と血管外科領域における手術成績としては最悪のもののひとつとなっています。動静脈瘻が不全に陥る際には静脈側に問題が多いことが臨床的に知られていますが、血管生物学領域で静脈をターゲットとした研究は少なく、成熟と不全の詳細なメカニズムは解明されていません。
当教室員が所属したYale大学血管外科では、静脈グラフトと動静脈瘻の二つのモデルを用いることで、静脈の動脈環境への適応過程を研究しています。特にマウスにおける動静脈瘻モデルは当教室員が作製・発表しています。(図参照)本研究ではYale大学とお互いに協力しながら動静脈瘻固有の分子生物学的過程を明らかにして、さらに介入することで動静脈瘻手術成績の改善につなげることを目的としています。
当科の臨床・基礎研究
倫理委員会での審査で承認されている臨床研究を下記に随時公開していきます。
(患者さんへの説明文書、同意・同意撤回、オプトアウト文書などは、課題ごとにリンクしています。)