血管型エーラス・ダンロス症候群とは
エーラス・ダンロス症候群(Ehlers-Danlos syndrome)とは
皮膚の過伸展(つまむと異常に伸びる)、関節の過可動性(関節がやわらかいというレベルを超えている)、結合組織の脆弱性(組織がすぐに破れたり、膨れたりする)の3つの症状がみられる症候群です。
生まれつき起こる遺伝子異常が原因です。主にコラーゲンに関わる遺伝子の異常とされています。13の病型があり、その中に血管型というのがあります。(ページ最下部に説明があります。)
血管型エーラス・ダンロス症候群のインパクト
血管型はエーラス・ダンロス症候群の中で最も命に係わる症状を呈するものです。私たち血管外科のもとに紹介いただく患者さんは、大動脈解離・大動脈瘤破裂・血管断裂など緊急を要する場合がほとんどです。初診時に診断がついていないことも多いのですが、若年で動脈硬化もないのに動脈が破綻するという異常な事態には本疾患を疑います。ほかにも遺伝子疾患(マルファン症候群など)やその他の炎症性疾患(ベーチェット病や高安動脈炎)などをいくつか想定し、不安に駆られながら手術に向かいます。それは次項にあるように、血管型エーラス・ダンロス症候群だった場合には組織がとても脆く、縫合や止血部が次々と破綻していき手術がとても難しいからです。
実際の症例
当科で何度も検討された血管型エーラス・ダンロス症候群の症例があります。脾動脈瘤が破裂し、当科前病院教授宮田哲郎先生と肝胆膵外科前々教授幕内雅敏先生が参加して膵尾部切除も含めて行った大手術です。針をかけてもかけてもその部位が裂けて出血がとまらず、大出血に輸血で対応しながらなんとか救命しました。この症例経験を踏まえて、「開腹手術などは可能な限り避けよ」という教訓が受け継がれています。
異常な組織の(特に血管の)脆弱さというのは私たちも実際に経験してきたので上記の教訓もよく理解できます。腸骨動脈が完全に断裂していたケース、腕で透析用の動静脈瘻を作成しようと動脈にテープをかけて引いたら離断されたケースなど衝撃的なものばかりです。
また次の症例をご覧ください(下図)。多くの既往があり血管の脆弱性がよくわかります。赤字が当科での手術です。残念ながら亡くなられてしまいましたがこの患者さんから学ばせていただいたことも多いです。
私たちの得た教訓と今後の方針
まず外科手術は禁忌なのでかという点についてです。現在は血管内治療(カテーテルやワイヤー、ステントやコイルを使う)という武器があり、直達手術(メスを使って切ったり、針と糸で縫ったりする)よりもはるかにこれらを優先すべきと考えています。ただ、消化管や子宮の破裂で開腹しないと救命できない場合や動脈断裂で大量の出血によって血腫(血だまり)ができて臓器を圧迫しているようなときは直達手術をしなくてはなりません。破綻した部位にどのようにアプローチし、いかに患者さんの身体に負担がなく、術後も生活の質を落とさずに済むか、それをよく考えて手術に臨むべきです。
下図をご覧ください。非常に不良な予後がわかると思います。50歳で生存率は50%であり40歳台での死亡が最多です。
私たち医療従事者ができることは、患者さんの社会生活を可能な限りサポートすることです。外科医は破綻した組織の修復のために闘うのですが、限界も知らなくてはいけません。各科連携をしっかりと緊密にとることが重要です。直接の治療については血管外科や放射線科、消化器や子宮の破綻には大腸外科や婦人科、心疾患には循環器内科や心臓外科、その他の内科的コントロールや精神的なサポートなどそれぞれ専門科間の連携が必要です。
また上記のような厳しい現状を患者さん自らが知ることも今後の生活を送るために重要です。難病情報センターや各施設での遺伝子相談、患者会サイトの紹介などもサポートの一助となるでしょう。
(参考1)
(参考2)血管型エーラス・ダンロス症候群の診断
血管型エーラス・ダンロス症候群を示唆する最小限の診断基準
血管型エーラス・ダンロス症候群の家族歴があること、40歳前の動脈破裂または解離、原因不明のS状結腸破裂または特発性気胸が、他の血管型EDSの特徴とともに見出されたら、診断のための遺伝学的検査を行う。ヘテロ接合性のCOL3A1変異が認められれば診断となる。
遺伝形式:常染色体優性遺伝(両親のどちらかが病気をもっている場合、子どもは2分の1の確率で同じ病気を発症するという遺伝形式です。子どもは、親がもつ2本の染色体を1本ずつ受け継ぐため、異常がある染色体を受け継ぐ確率は2分の1となります。)
大基準
- COL3A1変異が確認された血管型EDSの家族歴
- 若年性動脈破裂
- 憩室やその他の腸管異常がない状態での特発性S状結腸破裂
- 帝王切開歴および/または分娩前後の重度会陰裂傷がない状態での第3トリメスターにおける子宮破裂
- 外傷がない状態での頸動脈-海綿静脈洞瘻
小基準
- 外傷がない状態での易出血性、および/または、頬や背部といった通常見られない場所の内出血
- 薄く、静脈が透見される皮膚
- 顔貌上の特徴
- 特発性気胸
- 末端早老症
- 先天性内反足
- 先天性股関節脱臼
- 小関節の過可動
- 腱および筋の破裂
- 円錐角膜
- 歯肉後退および脆弱性
- 早期発症静脈瘤(女性であれば30歳前、出産経験ない状態での発症)