東京大学血管外科

胸部大動脈瘤に対する治療について

胸部大動脈瘤とは

胸部大動脈は通常径3㎝弱の太さで、瘤化して約6㎝になると手術適応とされています(図1:大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン 2011年改訂版)。胸部大動脈は、腹部と異なり動脈硬化以外に動脈解離が原因で壁の構造が脆弱化し、瘤になることもよくあります。手術も動脈瘤の破裂を予防する手術なのか、解離が起こったことに対する手術なのかの線引きがやや曖昧です。そのため腹部よりも信頼性のあるビッグデータが少ないのが欠点です。

Class診療ガイドラインLevel
1. 最大短径60mm以上に対する外科治療(Level C)
Ⅱa1. 最大短径50〜60mmで,痛みのある胸部・胸腹部大動脈瘤に対する外科治療(Level C)
2. 最大短径50mm未満(症状なし,慢性閉塞性肺疾患なし,マルファン症候群を除く)の胸部・胸腹部大動脈瘤に対する内科治療(Level C)
Ⅱb1. 最大短径50〜60mmで,痛みのない胸部・胸腹部大動脈瘤に対する外科治療(Level C)
2. 最大短径50mm未満で,痛みのある胸部・胸腹部大動脈瘤に対する外科治療(Level C)
1. 最大短径50mm未満で,痛みのない胸部・胸腹部大動脈瘤に対する外科治療(Level C)

(図1)

胸部大動脈瘤の治療

胸部大動脈瘤は開胸手術またはステントグラフトで治療します。胸部大動脈治療を難しくしているのは、上行大動脈や弓部大動脈から脳にいく血管(頸動脈など)がでていることです。瘤が脳への血管にかかっている場合は、バイパスなどでその血流を確保しなくてはなりません。開胸手術では、それを分枝再建といい、ステントグラフト治療ではdebranch(デブランチ)もしくはhybrid(ハイブリッド)といいます。(図2)

胸部大動脈瘤の治療(図2)
(図2)

ステントグラフトは腹部と異なり、二股ではないストレートのチューブですので操作は単純です。早ければ1時間程度で手術は終了します。ただサイズは腹部より太いので、大腿動脈から運んでいくルートが狭いと血管損傷を起こしたり、胸部は解離ベースの大動脈が多いので新たに解離を起こしたりすることがあります。また脳への動脈が近い、また脊椎への動脈を幅広くふさぐので、脳梗塞や脊髄麻痺という重篤な合併症が起こりやすいことがこの治療の不安要素といえるでしょう。

胸部ステントグラフトの成績と方針

日本ステントグラフト実施基準管理委員会(JACSM:日本で使用されたすべてのステントグラフトのデータあり)の報告があります。当科チーフはJACSMのデータマネージャーで、2019年2月の日本心臓血管外科学会学術集会の特別講演でそのデータの一部(16,384例)の解析結果を発表しました。

この解析でわかったことは

  • 日本の成績は良好である(緊急含めた入院死亡率3.6%)
  • 緊急手術の予後は悪い(14.4%の死亡率)が、諸外国のデータよりも良好である
  • ハイブリッド手術の予後は悪く(7.5%の死亡率)、脳梗塞(11.5%)の合併症も多い

ということです。

これらのことから当科ではステントグラフトは胸部下行大動脈瘤に弓部および上行大動脈瘤には開胸手術が適切であろうと考えています。当院では心臓外科が開胸手術を行っていますので、下行大動脈であれば十分に議論し当科もしくは心臓外科で、それ以外なら心臓外科にご紹介することにしています。ステントグラフト治療は導入当初は当科だけで施行しておりましたが、現在は心臓外科でも山内治雄講師を中心に行っています。難易度の高い症例では両科合同で行うこともあり、患者さんにベストの治療を受けていただくために横のつながりも大事にしています。