腸骨動脈瘤は何センチになったら危ないのか
腸骨動脈瘤とは
大動脈からおへそのあたりで左右に動脈が分かれます。これを左右の総腸骨動脈といいます。これはその下で外腸骨動脈(足の方にいきます)と内腸骨動脈(骨盤の方にいきます)にわかれます。ここででてきた「腸骨動脈」にも瘤ができます。(下図は当科の保坂晃弘が発表した腸骨動脈瘤症例の画像です。)
腸骨動脈瘤は何センチが危ない?
大動脈は正常で2㎝くらい、ざっくりいうと2.5倍の5㎝に瘤化すると手術適応となっています。
それでは腸骨動脈ではどうでしょう。正常で1㎝超。大動脈と比較しておおよそ3cmで手術適応とするのでよいのではないか、というのが従来のコンセンサスでした。(大きさを比較するとそんなもんかな?と思いますよね)当科でも腸骨動脈瘤は3cmで手術適応と決めていました。
しかし、症例検討会や学会などで他施設の先生方のご意見を伺うと「3㎝じゃ破裂したのを見たことがない」とか「手術適応にするには小さすぎる」などのご主張をお聞きすることがしばしばありました。そこで当科では過去の論文をレビューして最適な手術適応径を探求することにしたのです。
腸骨動脈瘤のレビュー
瘤径をどう判断するかの判断材料になる論文が5つあります。(当科牧野能久調べ)
①1970年から1982年までの50例71病変の腸骨動脈瘤の解析
(McCready RA, et al. Surgery 1983)
平均の径は4.7㎝。19例が経過観察となっていて、平均瘤径は3.4㎝。年に4㎜平均で増大するとのこと。有症状(破裂の可能性あり)は5例あって、3〜20㎝の範囲でした。
②1977年から1993年までの25例33病変の解析
(Kasirajan V, et al. Cardiovasc Surg 1998)
待機手術症例は14例で平均瘤径は3.8㎝でした。破裂等での緊急症例は3~8㎝の4例。2.5㎝までは経過観察としていたが、拡大したものはなかったとのことでした。
③1972年から1985年までの55例72病変
(Richardson JW, et al. J Vasc Surg 1988)
平均瘤径は5.5㎝だが、破裂症例は9例あって、3.5㎝から18㎝まであったとのことでした。
これらは古い論文で、瘤径の測定の精度も低く、あまりあてにならないのではないか?という意見が当科の中にはありました。しかし破裂した症例の最低値は3.5㎝と論文③で示されています。これをみて4㎝を閾値にするのは勇気が要ります。
④1990年から1999年までの189例323病変
(Santilli SM, et al. J Vasc Surg 2000)
これは新しいうえに症例数も多いですね。平均の瘤径は2.34㎝。瘤径が3㎝をもって拡張速度が速くなる(1mm/年→2.6mm/年)ことが示されています。
この論文からは、従来の3㎝という閾値の正当性が支持されますね。
⑤イギリスの血管外科医284人にアンケートを行い、手術適応とサーベイランスをどこからはじめるかを聞いた
(Williams SK, et al. Ann R Coll Surg Engl 2014)
3cmで手術をするというのは24%で、最多は4㎝(64%)でした。2.6㎝を超えたらフォローの期間を短くするという意見が多かったようです。
あくまでアンケートですのでエビデンスではないのですが、3cmというのは少数派だったのですね。
以上から、破裂症例は3.5㎝から存在すること、3㎝から拡張速度は上がるが4㎝での治療介入が多数派であることから、当科の手術適応瘤径を3㎝から3.5㎝に変更しました。
(2019年のEuropean Society for Vascular Surgeryのガイドラインで、腸骨動脈瘤の瘤径の適応が3.5cmと示されました。当科の見解と同様でした。)